武庫川女子大学 健康運動科学研究所

研究員コラム Vol.8

「キッズのためのコオーディネーショントレーニング」

 

(執筆者:長岡雅美,対象者:就学前幼児~小学生)

 

文部科学省が策定した幼児期運動指針では、現代の幼児期における子どもたちの身体活動について、活発に体を動かす遊びの減少、からだの操作の未熟さ、自発的な運動の機会の減少、からだを動かす機会の減少、の4つを主な問題点としてあげています。

 

その要因には、遊ぶ時間・遊ぶ場所、遊ぶ仲間の減少があり、それは、多様な動きを含む遊び経験の減少につながっています。そしてその結果、かつては幼児期に身に付けていたはずの動きを、十分に獲得できていない幼児が増えており、そのことが、幼児期の運動能力低下の直接的な原因と言えます。

 

このように、幼児期の身体活動については多くの問題点が指摘されていますが、運動機能や動きの様子も大きく変容し発達していく非常に重要な時期です。幼児期は、神経機能の発達が著しく、5歳頃までに大人の約8割程度まで発達するといわれています。タイミングよく動いたり、力の加減をコントロールしたりするなどの運動を調整する能力が顕著に向上する時期です。さらに、運動を調整する能力は、新しい動きを身に付ける時にも重要な働きをする能力であり、幼児期に運動を調整する能力を高めておくことは、児童期以降の運動発達の基盤を形成するという重要な意味をもっています。

 

この調整力について、最近では、神経系の運動能力とされるコオーディネーション能力という用語がよく使われます。「調整力」、あるいは「器用さ」や「巧みさ」という言葉では説明しきれない神経系の運動能力について、コーディネーション能力は7つの能力に分けて捉えています。

 

1. 定位能力・・・自分の周囲の人や物との位置関係を正確に把握する力。

2. 変換能力・・・動きを素早く切り替える力。

3. リズム化能力・・・リズムよく身体を動かす力。

4. 反応能力・・・合図や相手の動きに素早く反応する力。

5. バランス能力・・・バランスを保つ力、崩れた姿勢を立て直す力。

6. 連結能力・・・身体の動きをタイミングよく同調させる力。

7. 分化能力・・・ボールなどの道具を巧みに扱う力。

 

幼児期からの数年間は、神経系機能の発達が著しいので、さまざまな運動経験という刺激を受けてそれに適応していくことで多様な動きを身に付けていくことが可能になります。ですから、この時期は専門的な運動や特定のスポーツだけを行うのではなく、遊びを含めた多種多様な動き・運動を行うことが大切です。

今回は、自宅でもできるコオーディネーショントレーニングを紹介します。

 

 

 

【トレーニング1】

・高めるコオーディネーション能力;定位能力、反応能力

・内容;指示に対して、上手く身体を使い、できるだけ早く反応して動く。

・必要なもの;マット5~6枚

・準備;番号のついたマットをランダムに、間隔を空けて床に置く。

・方法

<ステップⅠ>

(1)マットに接地させる身体の部位を決める。(ひざ・お尻・手のひら両手・おなか・背中など)

(2)指導者は番号を指示する。

(3)実施者は、指示された番号のマットに最初に決めた身体の部位を接地させる。

(4)30秒ほど連続で行う

 

 

 

<ステップⅡ>

(1)指導者は2つの指示を出す。

指示①は番号(1~6)

指示②は身体の部位(ひざ・お尻・手のひら両手・おなか・背中など)

①と②を自由に組み合わせる。 「1番-おなか」「3番―ひざ」

(2)実施者は、指示された番号のマットに指示された身体の部位を接地させる。

(3)次の指示に素早く反応して動く。

(4)30秒ほど連続で行う。

 

 

 

 

【トレーニング2】

・高めるコオーディネーション能力;定位能力、バランス能力

・内容;体勢が変化する中で、自分の身体をコントロールしバランスを保つ。

・必要なもの;マット(2色)それぞれ10枚程度

・準備;2色のマットをfoot用とhand用に分け、マットを様々に組み合わせて床

に並べる。

・方法(1)foot用の色のマットには足を置き、hand用の色のマットには手を置き、床に並べられたマットを進んでいく。

(2)最初は手足がバラバラでも良いが、慣れてきたら手足同時に、できるだけ素早く前に進んでいく。

 

 

 

研究員コラム Vol.7

どのくらい運動(活動)すればいいの?

―身体活動(physical activity)の健康利益についてー

 

(執筆者:松尾善美)

 

今回は、2017年に公表されたWarburton D ER, et al. Health benefits of physical activity: A systematic review of current systematic reviews. Curr Opin Cardiol. 2017;32:541-556.についての研究内容を紹介します。カナダの研究者によるこの論文では珍しく動画での抄録が掲載されています。文字だけではなく、アニメーションもありますので、是非ご覧ください。ただし、英語です。https://cdn-links.lww.com/permalink/hco/a/hco_2017_06_10_warburton_hco320510_sdc1.mp4

 

身体活動と運動の健康上の利点は明らかであり、実質的に誰もがより身体的にアクティブになることから利益を得ることができます。早死や心疾患、脳卒中、乳がん、2型糖尿病など25の慢性疾患に罹患するリスクを減少させることができるとしています。ほとんどの国際的なガイドラインでは、成人では中程度から激しい強度の身体活動を少なくとも週150分間という目標を推奨しており(日本も同様の数値でした)、これにより20-30%リスクを減少できるとしていました。多くの機関では、この量の活動が健康上の利益のために最低限必要であると強調してきました。しかし、この数値に疑義も出ているため、この研究ではこれまでの1,493論文、数百万人のデータを解析しました。動画の途中グラフで週に5メッツ*・時間というかなり少ない運動量でも慢性疾患の発病を抑制し、健康に大きな利益をもたらす可能性があると示しており、この関係は成人でも高齢者でも同様だと述べています。週150分間の運動というのは、通常活動量の100-400%にも匹敵し、実践・継続するのは難しいので、金太郎飴のように誰にも同じ指標ではなく、この半分程度である75分間ないしはそれ以下でもよいとしています。また、他論文より中程度から激しい強度の身体活動の最初の15分間が死亡率を下げるのに大切だと引用しています。

 

重要なのはこれら3つです。

・楽しく活動することが重要!

・あまり座ってばかりいないで、動きましょう!

・身体を動かす習慣を付けるだけでなく、健康的な食事や禁煙を実践し、飲酒は適量にし、ストレス管理を行いましょう!

 

*メッツとは運動(活動)強度の国際的単位です。

研究員コラム Vol.6

糖尿病性足病変に関し

(執筆者:伊東太郎)

 

遠隔授業で日々の授業用YouTubeづくりに追われる中,授業に関する質問がPCを介して飛び交うことは教員としても大変嬉しい。健康運動指導士や健康運動実践指導者を志す健スポ学生からは,「糖尿病患者は運動療法として,ガンガン歩いてもらわないといけないですよね」とか,もう少し勉強している学生は「インスリン抵抗性があっても,運動がGLUT4のトランスロケーション促進作用を改善し,筋内にグルコースを取り込めるので,ガンガン歩いてもらわないといけないですよね」とくる。私はその度に,少し躊躇する。10年以上前から細々と続けている糖尿病末梢神経障害(DN)患者の歩行研究の結果を考えて,う〜んと返答を立ち止まってしまう。

 

糖尿病患者の中には高血糖により,血液神経関門の変性,末梢神経の軸索変成や脱髄などの器質的変化,あるいは脊髄神経細胞の変性脱落などによって,感覚神経等の障害による感覚機能低下が起きてしまう方も多い。そうなるとDN患者として,足裏の知覚鈍麻による無痛性の小外傷から胼胝や鶏眼が発生し,自律神経障害による局所血行障害・代謝障害の惹起とあいまって足潰瘍が発生し壊疽,そして足趾切断へ至ることを防がなければならない。日本では,医療現場では看護師の方が発生した胼胝や鶏眼に関し懸命にフットケアを続けていること,1年間に約3,000人の方が糖尿病由来で足趾切断に至っていること等,健スポ学生はほぼ知らない。

 

私はDN患者の歩行中の足底圧と下肢筋群の筋電図を,クリニックや医院の御厚意で細々と記録し続けてきた。特に足底圧を記録するとき,驚くような数値を目の当たりにする。写真のデータは,歩行中の足底圧のピーク値について測定値の高さにより色を変えて表示したものだ。上は健康な学生,下がDN患者である。ご覧のようにDN患者の足趾,中足骨骨頭,および踵が真っ赤になる。この患者は中足骨骨頭には1000 kPa(キロパスカル)の圧力がかかっている。鉛筆の後ろで10 kgの力でグリグリ押すくらいの圧が歩行中に足裏全体にかかる。胼胝や鶏眼が発生するわけである。このような患者さんに運動の効果は素晴らしいから,歩け歩けと勧めることができるだろうか。

 

しかし,なぜこれほど足裏に圧をかけないと歩けないのだろうか?最近,患者さんの内省から手がかりをみつけた。ある患者さんは,外で歩くといつもスケートリンクの上にいる感じがすると言われる。患者さんは,足裏からの感覚が欠落して,うまく歩けているのか不安になって地面を必死に足裏でつかもうと,努力されているように感じる。昨年からこの研究に科研費がついて,飛躍的に解明できると勢い込んだとき,新型コロナ禍で協力してくれるクリニックも病院も皆無になった。ここでもまた立ち止まっている。なんとか研究再開を願うばかりの毎日である。

 

 

図は,歩行中の足底圧ピーク値をFootScanで測定したもの。上が健康な本学学生,下が糖尿病末梢神経障害の患者のデータ(伊東 2017.第30回神戸Podiatryミーティング講演会にて)。

研究員コラム Vol.5

コロナウィルスの検査でよく耳にするPCRってなに?

 

(執筆者:山添光芳)

 

「本日のPCR検査陽性患者は〇〇人でした」という言葉を、新型コロナウイルスに関する報道で度々耳にします。PCR検査陽性者=新型コロナウイルス感染者だと皆さんは理解されていると思いますが、コロナウイルスの検出に使用されているPCR検査とは、いったいどのようなものなのでしょうか。

 

 

そもそもPCRとはPolymerase Chain Reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の略称で、わずかなDNAサンプルから特定領域のDNAを選択的に数千万倍から数十億倍に増やす技術のことです。地球上の生物は自分自身の設計図である遺伝子を持っています。遺伝子は細胞の中のDNA(デオキシリボ核酸)という鎖状の分子に存在しているのです。ヒトをはじめとする高等生物はDNAに遺伝子情報が刻み込まれていますが、ある種のウイルスではDNAとよく似たRNA(リボ核酸)に遺伝子を持っているものがあります。そのような仲間には、コロナウイルス(今回の新型コロナウイルスを含む)、インフルエンザウイルス、ヒト免疫不全ウイルス(エイズを発症する)、エボラウイルス(エボラ出血熱を発症する)などが知られています。新型コロナウイルスは、ヒトの細胞に感染すると、自分自身の遺伝情報であるRNAを増やします。しかし感染者からとった検体(鼻や喉の粘膜)に存在するRNAは非常に微量で、そのままでは検出することが不可能です。そこで版画の原版から絵画を写し取るように、RNAの情報を一旦DNAの情報に変換して、そのDNAの特定領域をPCR法によって増幅して検出します。もし感染していなければ、そもそもウイルスのRNA自体が存在しませんので、PCR法を行っても何も出てこないはずです。

 

 

PCR法はこのような感染症診断だけでなく、犯罪捜査や親子鑑定といった法医学分野、原始人を含む古代生物のDNAサンプルの解析、がんの遺伝子分析、胎児の出生前診断、医学基礎研究などに幅広く利用され、無くてはならない技術となっているのです。

 

研究員コラム Vol.4

『マスク着用の心理的弊害』

 

(執筆者:田中美吏)

 

 

2月から始まった感染症予防対策も約5か月が過ぎ、外出制限も徐々に緩和されてきましたが、「マスク」やその代用品は依然として着用並びに携帯がマストなアイテムであることに変わりはありません。本コラムでは、感染予防に対しては必着・必携のマスクではありますが、その着用の心理的な弊害について「身体化認知(embodied cognition)」の視点から話題を提供したいと思います。

「身体化認知」とは、姿勢などの身体状態の違いによって思考や考え方などの認知が影響を受けることを意味します。例えば、歯でペンを咥えることで人工的な笑顔を作り出し、それによって読んでいる漫画をより面白く感じる(唇でペンを咥えて人工的な無表情で漫画を読むと面白く感じない)ことを示した研究がありますが(Strack et al., 1988)、人工的な表情の操作によって物事のとらえ方がポジティブにもネガティブにも変わってしまうことを表しています。また、我々の取る姿勢は「ハイパワーポーズ」と「ローパワーポーズ」に分けることができます。「ハイパワーポーズ」は広い空間を使って身体を拡げた力強さを感じる姿勢であり、「ローパワーポーズ」は小さく縮こまった力のなさを感じる姿勢になります(カディ,2016)。これらのポーズが認知に対してどのように影響するかを調べる研究も行われており、「ローパワーポーズ」の方がリスクを回避する意思決定を増加させ、さらにはストレスホルモンであるコルチゾールの分泌量を増やすことが明らかにされています(Carney et al., 2010)。

筆者もマスクを着用するときに日々感じることは、マスクの着用によって視線が下を向きがちになり、それに伴って姿勢も悪くなり、なかなか晴れ晴れとした気分で過ごすことができず、考えや行動も消極的になりがちです。「身体化認知」の影響と考えられ、マスクの着用によってポジティブな表情を表出する機会が減り、さらにはローパワーポーズになる頻度も増えることで、ネガティブな思考や感情が生まれやすくなり、ストレスも高まっていると考えられます。熱中症対策で、スポーツをするときのマスク着用を避ける指針も出てきていますが、心理的にもマスク着用の弊害には感染症対策には十分に配慮しながら対応しなければならないと考えます。先ずは、マスクをしながらでも極力、表情や姿勢を良くするように意図的に努力することが対応策の1つとして提案できるかと思います。

 

<引用文献>

Carney, D., Cuddy, A. J. C., & Yap, A. (2010) Power posing: Brief nonverval displays affect neuroendocrine levels and risk tolerance. Psychological Science, 21, 1363-1368.

カディ:石垣賀子訳(2016)<パワーポーズ>が最高の自分を創る.早川書房.

Strack, F., Martin, L. L., & Stepper, S. (1988) Inhibiting and facilitating conditions of the human smile: A nonobtrusive test of the facial feedback hypothesis. Journal of Personality and Social Psychology, 54, 768-777.